愛と憂いのシノップ|[前編] 原発がやってこようとしている港町
トルコの北端、黒海に突き出た半島にある漁師町、シノップ(Sinop)。
黒海という名前から、黒く深い海を想像していたけれど、どこか瀬戸内の海を思わせる、穏やかな淡い青。
太陽が傾き始め、空と海の境界線が溶け合う数分間。
柔らかな青色が視界いっぱいに広がり、言葉を失う。
港の縁石に立つと、浅瀬の底の石や藻が
くっきり見えるくらい、透き通った海水。
日本が原発を輸出する
人口5万数千の静かな町が、最近、日本でも話題になった。
日本が原発を輸出しようとしている町として。
2023年の稼働開始を目指し、三菱重工とフランスのアレバ社が合同で4基の原子炉を建設する。
去年の4月、世界各地で開催されたチェルノブイリ原発事故の追悼記念集会がシノップでも行われた。4万人が集まり、原発反対を訴えた。
愛すべき町
シノップに住む人たちはどんな考えを持って暮らしているんだろう?それが知りたくて、この町を訪れた。
雪の中、町に着いた。歩道に積もった雪の上を、皆が歩いて踏み固めるから、つるつる滑って歩きづらい。
足元に気をつけながらも歩き回る。町の雰囲気は柔らかい。
取り返しのつかないほど全身を真っ白にした娘と一緒に、雪合戦をするお母さん。
暖かいストーブのあるチャイ屋はテーブルゲームに興じる常連のおじさん達で満員。
道行く少年少女は見慣れない東洋人を見かけ、「声かけてみよう」と、もぞもぞしている。
市場に行けば、野菜を並べるお兄さんから、搾りたてミルクを売るおばあちゃんまで、皆元気だ。
道を歩いているだけで親切に声を掛けられるし、美しい景色もある。ここに来た最初の目的を忘れてしまうほど、シノップは素敵な町だった。
普通に歩いているだけでは、原発が建てられようとしているなんて想像がつかない。
それでも、話を切り出してみると、皆、大きな問題として捉えていた。
魚屋のお兄さんと喫茶店のおばちゃん
この町の人達が、原発と闘い始めたのは、最近のことではない。黒海を挟んだ向こう側には、チェルノブイリがある。当然ながら事故の当時、漁業を営む漁師さん達は大きな影響を受けた。
そんな背景の中、2006年、原発建設の話が持ち上がった時から、彼らは反対運動を続けてきた。
漁業を生業とする人たちにとって、原発は事故が絶対に起こらなければ良いという話ではない。稼働するだけで、温排水は出るのだから、海は影響を受ける。
「大丈夫。みんな反対してるから。原発は作らせない。」
魚屋のお兄さんは胸を張ってこう言った。
その自信は頼もしくもあったけれど、国や原発企業のなんでもありのやり方を知らないのではないかと、心配にもなった。
次に、立ち寄った喫茶店のおばちゃんに話を聞いた。原発の状況や国の進め方、日本のことも説明した。
「国民の声を聞かずに突っ走っているのは、日本もトルコも同じね。」
チェルノブイリ事故のことが、ここでも話題に上る。
「原発事故の影響で、多くの人が病気(癌)になったわ。」
ーこれからどうしたら良いのかな?
「予定地ではもう木を切って建設の準備が進められているのよ。私たちに何ができるの?」
少し間があって、おばちゃんは話題を切り替えた。
僕たちが、日本でしていること、おばちゃんの仕事、シノップのことを話した。
そうだよね。せっかく出会ったんだし、本当なら、もっと夢のある話をしたいよね。
すべての人に聞いたわけではないから、どの程度か正確にはわからないけれど、住民の多くは、原発の建設に反対しているという印象を受けた。少なくとも住民の中で、賛成の意見に出会うことはなかった。
行政側はどう考えているのだろう?県庁を訪ね、関係者の話を聞いてみた。
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